が綺麗だ、と高崎は思った。
窓の外、視線の先には白く輝く丸い月があった。久しぶりに月を見た。最近ずっと、夜空を見上げることなどなかったから。あたりは暗く、真っ黒で静かな空気が拡がっている。それは少しだけ冷たい空気。たぶん、窓の向こうの世界でも。
不意に脇腹にひやりとたさを感じて驚く。反射的に目をつむって開く前の一瞬で、高崎はわかっていた。 負けてやらない、と何かの覚悟をして目を開くと、思ったよりも距離がなくて、息を詰める。
睫毛が絡まりそうだと思った。


なにを みてるの。


ささやかに耳に落ちる声。唇にかかる少しの吐息。
それが高崎には地好くて、もう一度瞬きをする。


つきを みてた。


息だけを漏らすようにひそやかに伝える。いま自分は同じように云えただろうか。
なあ、宇都宮。
だけどれを高崎は口にはしない。







暗闇の中、高崎の目がを映していたので宇都宮は覗き込んだ。ただ覗き込むだけではつまらないから、少しだけ驚かすように。 睫毛がむくらいまで近付いて、宇都宮が目線を真っ直ぐに尋ねれば、高崎は少し笑ったようだった。

つきを みてた。

息を、漏らすように。きょうは月が綺麗だ、と、小さく高崎は続けた。 寝台の上に散らばる高崎の髪を指先で遊びながら宇都宮は、きょうは十五夜だからね、と言う。
高崎の髪が指をさらっていくのが好きだった。
空気が澄みはじめたから綺麗に輝くよ、と言うと、ああ、そうか。だからか。とぼんやりと言葉が返ってきて、高崎の目はまた白い光を瞬かせた。
やわらか空気を、そのとき高崎は纏っていた。

れがなんだか宇都宮には面白くない。









れた唇が濡れていて、その感触に驚いて薄く開けた歯列に宇都宮の舌が割り込んでくる。み付くみたいに舌や下唇や、粘膜の、弱いところを吸い上げたり舐めたりされて、高崎の背中から首筋あたりまでぞくぞくと電流が走る。
倒されていた身体にはいつのまにか体重がかけられていて、力が抜けたいま、高崎には押し返すことが出来ない。足の間に宇都宮の身体が割り込まれていて、動くことも出来なかった。
なんで急に、と声にならない声で高崎が問えば、宇都宮はっくりと笑う。


今は僕のことだけ考えていて。


今は、いまだけは。
こうしているときだけは、君は僕のものだから。
その囁きを、宇都宮がにすることはない。









どうしてこうなったとか月に妬いてるのかとか、言ってやりたいことはたくさんあったけれど、う言葉にならなかった。出来なかった。濡れた音が耳に響いて肩がはね、息が上がって空気がうまく吸えない。
わかるのは柔らかな月の光を纏った宇都宮はもういないこと。高崎にはもうからない。
月が見えていたあの瞬間、高崎は月が綺麗だと思っていた。それから、白い光になぞられた宇都宮を、綺麗だと思っていた。


なんだかお前って、月みたいだなあ


そう言いかけて、やめた。
それはふとした思いつきの言葉。だけど言ってはいけない言葉のような気がした。
宇都宮は優しく笑ったはずなのに。しげに聞こえた言葉を掻き消すように唇を押し当てた。

だって、今は、なんて そんなの


にならない。









指を絡めた。苦しくてるように宇都宮を求めた。優しく撫でるように指が絡んだ。それだけで身体が震えた。涙がんだ。どうにかなりそうだった。




そのまま繋いだをふたり離すことができずにいれば、煌々とした明かりは薄曇りに消えていく。













月と指先に宿る意思






20091003