「おかえり」 一日のすべての仕事が終わって、「先に行く」と足早に別れた分岐点 背中を見せたのは彼のほうだ。 上野での終電発着確認の時に会ったときには既に 元に戻らなくなるんじゃないかってくらいに眉間に皺が寄っていたのを思い出す。 「まだ機嫌悪い?」 今さっき自室に戻ってきたら、こうだった。その目前に広がる光景に、くすりと笑う。 宇都宮線の部屋で、高崎線がごろりとベッドの上で横たわっていた。 おどるはきみの、 「制服、しわがつくよ」 脱ぐように促しても高崎は動かなかった。 力なく体を投げ出して頭を枕半分に埋めて、視線だけはこちらに向いている。 じっとりと、恨むように。 「お前のせいだ」「は?」 「…お前がっ!」「付着物のことで、色々からかってくっから…っ!」 「ああ、なんだそれのこと」 本日の高崎線は架線の付着物による影響で一部遅れが発生。 「付着物だなんて、高崎ってばなにつけちゃったの?やーらしーい」 「はぁ!?やらっ…なんでそうなるんだよばかじゃねえの!!?」 「別に深い意味があって言ったわけじゃないけど?」 そんな悪ふざけをやりとりしたのは遅延が発生した夕方の大宮で。 そんなことをいつまでも引き摺るような細やかな神経を君が持っていたっけ、と問えば、 上官にも言われたんだぞ高崎で!、と声を荒げる。 高崎が言う「上官」には、一人しか該当しない。 大宮駅のどこかで聞いていたのだろうか。悪趣味なことだ。 「そう」「あ―――――っ、もう、恥ずかしすぎる!!!!」 ぼふっ 吼えた声(夜中に迷惑)は枕に吸収された。が、顔まで枕に埋まって表情が見えない。 そして高崎も、顔を上げようとはしなかった。 高崎が黙ってしまうと、ひどく静かな室内だ。 さわ、 さわさわ、さわ、 「ごめんね?」 「………………コドモか、俺は」 「コドモじゃないよ高崎は。」「馬鹿だけど。」 さわさわ、さわさわ、さわ 枕に転がる高崎の頭を撫でながら言葉を返すと、少しだけ顔がこちらを向いた。 何か言いたげにこちらをじとりと見ているけれど、撫でている手を振りほどこうとも動こうともしない。 その様子がなんだかおかしくて小さくわらった。撫でる手はそのままで。 高崎の髪が好きだなあ、と思う。 整髪剤を使わず眠るだけで作られるぴんぴんした癖は、硬そうに見えて列車の風に容易くふわりと浮かされる。 指を通せば、僅かにひやりとした感触を残してすぐにするりと抜けていく。 ああ、高崎の髪だ、 と思う。 だからまた触りたくなる。 きれいな頭の形をなぞるように、ゆっくりと撫でる。高崎は静かに、しばらく目を閉じていた。僕はくりかえし、ゆっくりと触れる。 ふと上半身が身じろいで、こちらに向く。とろんとした目が、僕をみていた。 「ねむたく、なってきた…」 「……コドモかもね、君は」 先ほどよりも乱雑に、けれど丁寧に大きく撫であげると、気持ちよさそうに目を閉じる。 まるで動物みたい。高崎には、言わないけれど。 「………ん、ぅん…」 髪を撫でていた指を、頭の後ろから首筋を伝って耳へと移行させる。 そろりと形に添ってなぞると、ぴくりと体が動いた。口を寄せて、やわらかく食む。 顔を起こすと、怒ったような困ったような真っ赤な顔で、潤んだ目の高崎がいた。 自然と顔が緩むのを、僕は抑えなかった。 「ねえ、まだきみに許してもらえてないよ」 だから 、 ねえ、 まだ 眠らないで 返事は聞き取れなかったけれど。 あたまをなでるのがすきな宇都宮、なでられるのがすきな高崎 20090708 |