「そろそろいい加減にしなよ」 屋上に宇都宮を呼び出した。携帯電話のディスプレイ画面から顔を上げて、相手の顔を見やる。あっは、と宇都宮は笑った。 「いやだな京浜東北。喧嘩してるわけじゃないよ」 「そうだね。喧嘩はお互いを理解するためにするものだからね。いっそ喧嘩のほうがよかったかもね」 宇都宮が黙ったのに気付かないふりをして会話を切り出した。 「宇都宮に逃げられるって泣きつかれたよ」 「そう」「逃げてるの」「さあ、どうかな」 「もう言っちゃえばいいのに。君は僕の特別だよって」 「冗談。大体高崎はそんなこと思ってないよ。あいつは勘違いしてる」 それ、ほんとははそう思ってくれっていってるのと同じだよね。 「ふうん。」「勝手に囲って逃げられないようにして。都合が悪くなったら自分から逃げて、あとは放置かい」 「ほんと最低だよねえ」「まったくだね」「それってただ怖いだけだろ」 「それでもいいよ。今までずっとそうやってきたんだから」 「これからもずっと一緒に走っていくには、そのほうがいいんだ」 天邪鬼め。それってなんの告白。もう、そうとしか聞こえない。 「――――だってさ、高崎」 「!」 僕は携帯電話をちらつかす。オープン通話、と表示された画面をみた宇都宮は、小さく息を吐き出した。 「なるほどね」 「宇都宮」 高崎の声が聞こえた。 「お前、今どこだ。大宮だな」 ずばりと言い当てられる。こういうときの高崎は、本当に鋭い。野生のカンってやつなのかな。 「今から行く。すぐ行く。ぜってーそこから動くな。」 「いやだっていったら?」 「つかまえる」 ぷつっと声が切れて、つーつーと音がするのを確認してから僕は携帯電話を上着のポケットに滑り込ませた。 「……で、どうするの。おとなしくつかまるの」 「そうだな…。それもつまらないから、逃げることにするよ」 大きく伸びをして、肩を両方交互にまわす。走る気だ。本気で。 本気の勝負。これは宇都宮と高崎にとって負けられない勝負だ、きっと。 「健闘を祈るよ」 「そんなこと微塵も思ってないくせに」 「そんなことないよ?」 思ってなかったら、高崎の頼みでこんな面倒な工作しないだろ?という次の言葉は飲み込んだ。なぜならその場にはもう、僕しか残されていなかったからだ。 さてどこへ向かったかな。すぐに思い当たった方角をフェンスから見てみる。 「…やれやれ」 予感が的中したやら、どっと疲れたやら。漏れた言葉はそれだった。 まったくほんとになにをやってるんだか。 あとは高崎次第だ。 20090728 |